雷鳴な夜
私はカミナリが好きだ!
我家の子供もカミナリが好きだ!
大災害の可能性もあるカミナリが好きだなんて、不謹慎ですが、それでもやっぱりカミナリが好きだ!
昨夜は道東方面でも猛烈な雨と雷鳴・稲光の壮絶な交響曲が演奏されました。
夜カミナリが鳴り渡ると、部屋の電気を消し、カーテンを全開にし、暗闇の中でひたすら空を眺めています。時には家族揃って。
ピカッ
父 ん〜 今の稲光は枝分かれが少ないから7点!
子 でも雲の色が良かったから8点!
ドッカ〜ン
父 今のは音は大きいけど、音が乾いていないから6点!
子 お腹に伝わってこないから5点!
などとカミナリ評論をしている親子です。
妻 電気を消して...全く何をやってるんだかね。
不謹慎ですが、こんな家庭です。
私のこんな嗜好には思い当たるところがあります。
私が生まれ育った家(関西)は山の中腹にある小さな団地だった。縁側に出るとず〜っと遠くまで見渡せ、すぐ足下には国鉄の蒸気機関車が走っていた。
毎日決まった時間になると汽笛を鳴らして汽車が駅に滑り込んでくる。数人の降車客の中に必ず父がいて、駅から団地までの急な坂道を上ってくるのが見で追えた。
夏の夕方になると、しばしばカミナリが轟いた。
団地の窓から眺める広大な世界は黒雲に覆われているものの、その間から走り出る稲光は「恐さ」よりもむしろ「美しい」「すごい」という印象だった。
家が山の中腹にあったため、雲間から伸びた光の先端が地面に突き刺さり、火花をあげる光景も何度か見たことがある。
私や兄がこういった光景を見ているとき、大抵は横に父親が座っており、父親の膝に座って見ていたこともしばしばだった。
毎年のように台風がやって来て、停電に備えてロウソクを準備し、家の外では父が窓に板を打ち付けて備えをしていた。実際停電は必ずやって来たし、ロウソクを持ってトイレに行ったりしていた。
台風がやって来て、家の屋根が飛んだり、瓦が飛んだというのはあたりまえのように目にした光景だ。
小学校に上がる頃、引っ越した先の隣家のお姉さん(20代?)が、雷が鳴りだすと「恐い」といって我家の母のところへ来ていたのがとても奇妙に思えた。
「夏」が本当に「夏」だった昭和の中頃の記憶
今回の大型低気圧、カミナリで被害に遭われた方々の一日も早い回復をお祈りいたします。
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