川のにほひ

B級釣師

2006年07月31日 23:40

川のにほひ その伍

モクズガニ

母親にこっぴどく叱られていた。
母親がどうしてそんなに怒っているのかわからなかった。

母親の言葉をつなぎ合わせると
恥ずかしい....みっともない....というようなことのようだった。

しかし当の本人は全くそんなことは感じていなかったし、むしろ得意げだったのだ。

母親の叱責が早く終わり、その場から解放されることだけを願っていた。

 
 その日、いつもの川辺の堰堤に行くと、ビーン ビーンと甲高いエンジン音が聞こえて来た。堰堤上流のプールで模型屋のオジさんがラジコンエンジンを搭載したモーターボートを走らせていたのだった。

 その模型屋は商店街の片隅にあり、床から天上まで所狭しとプラモデルが積み上げられており、少年たちの憧れだった。さらにその店には私たちのような子ども相手ではなく、大型のラジコン飛行機やモーターボートがたくさん天上からつり下げられており、大人たちも出入りしていた。
 子どもたちはみんな「いつかはあんな飛行機を自分の腕で飛ばしてみたい」と夢見ていた。その模型屋のオジさんはとても優しく、何より僕らを驚かせたのは、ラジコンの専門誌に写真入りでたびたび掲載されていたことだ。友人の兄の話によると、ラジコンの大会で何度も優勝している有名人らしい。
 
 そのオジさんが目の前でラジコンボートを操縦していたのだ。
僕たちは一目散にオジさんの周りに集まって、ボートやオジさんの一挙手一投足を眺めていた。

 川面をものすごい勢いで疾走するボートも、ときどきエンストを起こし川の流れに流されてしまう。そんなとき僕たちは我先に堰堤に向かって走って行き、流されて来たボートを回収するのだった。ラジコンのボートを触れるだけでも幸せだったし、オジさんに褒めてもらえるのだから、僕らは水に濡れることなんて何とも感じなかった。

 そんな幸せな一時も過ぎ、オジさんが帰った河原に取り残された僕たちは、いつものように川遊びをしていた。

 そのうち誰言うともなく「船に乗りたいなぁ」という話になった。ラジコンの船がみんなの頭の中を駆け巡っていたのだろう。しかし、僕たちが乗れる船なんてあるわけがなかった。

 この川の支流のすぐ脇にあるタケの家の片隅で秘密会議を開いた。
 僕たちがどんなに知恵を絞っても、子どもが乗れる船なんて出てくるわけがなかった。
 そんなとき、タケの家の庭に大きな木のタライが目に入った。当時洗濯機はほとんどの家に普及していたが、同時にタライも何処の家にもあり、まだまだ現役だった。
 僕たちはそれに目をつけた。
「乗れるかなぁ?」と誰もが思ったが、当然「やってみよう」ということになった。タケの家の横を流れる支流は、幅は3m程で、深さは僕たちの股のところくらいだった。小学校3年生の股だから50センチもなかったかもしれない。
 タライに乗るのは難しかった。乗ってしまえば良いのだが、バランスをとりながら乗り込むのが一番大変で、みんな乗り込む前に沈没した。

 そんなことを繰り返しているうちに、すこしずつコツをつかんできて、多少流れに乗れるようになってきた。そうなると順番待ちが辛くなる。そこで僕たちは自分の家のタライを持って集合することにした。
 タライが集合すると、当然競争が始まる。川下りレースだ。ぼくたちは工場と住宅に挟まれた川の中で夢のような時間を過ごしていた。
 そんな時タケの姉ちゃんが僕らを見つけた。タケの姉ちゃんは美人で、僕らには優しかったがだったがタケにはとても厳しかった。
「タケ! 何やってんの!!!」
明らかに怒っている。絶対にとばっちりを食う、と感じた。
さらに悪いことに、私の母親とアキの母さんが一緒に買い物かごを下げて帰ってきたのだ。


川の中でタライを抱えて立っている3人組。
それに向かって叫んでいるタケの姉ちゃん。
それを目撃した母親二人。

即刻家に帰され、母親の叱責が始まった。

 ただただ言葉が頭の上を通り過ぎて行くことだけを願い、解放されると、また川へ向かった。タケは私の姿を見つけるとすぐに家から出てきた。間もなくアキもやって来た。それぞれに怒られたことなど口にも出さず、また川に入った。

 やっと見つけた楽しみを奪われ、少々むしゃくしゃしながら、川底の石をめくっていった。石をめくると、その下に隠れていた様々な生き物が驚いて飛び出してきた。魚、ザリガニ、小さなウナギ、水棲昆虫、それ自体いつものことだったし、どうということはなかった。
 さっきのことがあり、みんな口数が少なかったが、水草がたくさん生えているところへ来た時、アキが大きな声をだした。
「カニや〜!!!」
 カニは珍しい存在ではなかったが、アキの大声は普通ではなかった。アキの指差す方を見ると、石の下から大きなはさみが出ているのが見えた。3人でそ〜っと石を取り囲み、アキが静かに石を持ち上げた。そこには見たことも無いような大きなカニがじっと川底に張り付いていた。
 僕らのグーよりも大きかった。
 沢ガニのようなカニしか見たことのない僕らにとっては、大発見だった。
 アキがそっと水の中に手を入れて捕まえようとすると、カニはスゴイ早さで水草の中に隠れてしまった。水草の下流側から足でガサガサして、カニを一度は追い出したが何処かへ消えて行ってしまった。

 タライの舟の件で叱られたことなど忘れて、日が沈む頃までカニ探しをしていた。
 
 そのカニがモクズガニだと知ったのは、私が転校して何年も経ってからのことだった。



モクズガニ漁が行われていた地域もあったとか。
もう一度逢いたいカニだ。




 花咲ガニにも逢いたいな。テーブルの上で。



 当時 我が家には黒い犬がいましたが、今はこの娘です。



特技は 夜中にオオカミのような遠吠えをすることです。


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