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2006年04月07日

川のにほひ  入水

川のにほひ その弐

入水

梅雨が明け夏の日差しが照りつけだすと、子どもたちの遊び場は近くの川に移った。
魚釣りは二の次三の次ぎで、一番の喜びは、水に入ることだった。


本流に横たわる堰堤に登り、コンクリートや石垣の隙間に手を入れると、面白いように小魚が捕れた。堰堤を遡上する途中、そういった場所で一休みしているのであろう。


魚を捕まえたからといって、どうする訳でもなく、獲っては逃し、また獲って.........。大きさを比べたり、珍しい魚を自慢したりしながら、午後を過ごしていた。


そのうち、体が冷えてくると岸辺にあがり、コンクリートや岩の上に寝転がって体が温まるのを待つ。そんなとき、釣り針にミミズを付け、錘りを途中に巻き付け、糸の端を足の指にくくり付け、岸辺で寝転がってじゃれ合っていたものだ。


ウキを付けずに錘りだけで沈め、ほったらかしにしている......これをドボン釣りと呼んでいた。型の良いフナがかかると、ピクピクと足を引っ張るという最も原始的な釣りだが、それでも、ナマズやドンコ(ナマズのような形でもっと小さい)、ネズカと呼んでいた変わった魚(カマツカ?)が足を引っ張った。

 
そんな季節の暑い夜、近所のオバアさんがいなくなったと大人たちが騒いでいた。
そのオバアさんは、私より4つほど年下のカッちゃん(仮名)のオバアさんだった。カッちゃんは近所の悪ガキ一個連隊では一番年下で、いつも鼻を垂らしながら、私たちの後を追いかけていた。

 
今思うと、子どもなりに約束事があり、私たちが川へ出撃する時は幼いカッちゃんを連れて行くことは無かった。カッちゃんの家は、子どもの目からも裕福とは言えず、いつも半ズボンとランニングシャツという服装だった(たいていの子どもは同様の風体だったが.....)。

 
翌日の朝も、消防団の叔父さんたちがカッちゃんの家を慌ただしく出入りしていた。近所の子どもたちは、何となくただならぬ雰囲気を察し、川にも山にも行かず、家の周りを手持ち無沙汰にウロウロしていた。

 
太陽が頭上にさしかかった頃、若い消防団員がカッちゃんの家の方に走って行くのをタケシが見つけた。「見つかったらしい!」 しかし、「消防団のおっちゃんが血相を変えて走って行った!」という報告から、僕らも一斉にカッちゃんの家に向かった。

 
カッちゃんの母さんが家の中で大声で泣いていた。僕たちは何があったのか想像もできず、大人たちの後ろから様子を見守るしか無かった。

 
しばらくすると、消防団の衣装を纏った大人たちが大勢並んでやって来るのが見えた。消防団のおじさんたちは、毛布にくるまれた何かを両方から支えながら静かにうつむいてやって来た。僕らはその濡れた毛布に包まれたものが何なのか瞬時に感じ取った。


その毛布に包まれたものは、カッちゃんの家の小さな玄関の前に静かに置かれ、おばさんが泣きながら毛布にすがった。



怖かった。



僕らの中で、死体を見たことのある者は誰もいなかった。


消防団のおじさんが静かに濡れた毛布を開こうとした時、僕は逃げ出した。僕だけでなく、タケシもアキも一緒だった。


恐さと同時に、見てはいけないもののような気がした。


 数日後大人たちが話しているのを聞くと、カッちゃんのオバアさんは病気を苦に、川に入ったらしいということだった。


 オバアさんが川に入ったという所は、僕たちがいつも遊んでいた所からほんの少し上流の深場だった。


それ以来、誰もその川へ行こうと言わなくなった。



当たり前のように、川の土手に幽霊が出ると子どもたちの間でウワサが広まった。



僕らの遊び場は、少し離れた池に移った。


場所は移っても、相変わらずぼくらは水と戯れていた。


 池に着くと、まず網でザリガニを捕まえ、そいつをエビのように頭をとって腹の殻をむき、コイ釣り用の大きな針に付ける。糸は凧糸だった。糸の端を丈夫な棒に結び、餌で水面をポチャンポチャンと叩く。池にかぶさる木々の下や、水草の隙間が狙い目だった。


 水中からガバッと一抱えもあるウシガエルが釣れた。大きなカエルが水中から飛び出すのがたまらなく楽しかった。ごくまれに雷魚やナマズが釣れることもあり、特に雷魚を釣ったものは英雄だった。

池での遊びが終わり、シイの実や栗を拾うために僕たちが山へ行くようになった頃、カッちゃんはどこかへ引っ越して行った。

人の死というもの/「死」という言葉そのものが子どもとは無縁であった時代の話。




おまけ
一昨日の巡回の写真のオマケです。

★アオサギ乱舞
川のにほひ  入水

★孤独なスワン
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この記事へのコメント
こんにちは
わずか30年ほどで時代は大きく変わり、テレビでは、暴力や死が溢れています。
よき時代と感じるのは、すでに戦後かなりの月日がながれ、豊かな時代になりつつあったからでしょうか。
それとも歳のせいでしょうか。
Posted by ADIA at 2006年04月07日 11:06
こんばんは fukurouです

コメントありがとうございました。

B級釣師さんの文章に引き込まれてしまいました。

>恐さと同時に、見てはいけないもののような気がした・・・

確かに子供の頃にはそういう大人の世界がいっぱいありました。

そして、いまだに見ないといけないものを直視できない自分がいる・・・そんな感想を持ちました。
Posted by fukurou at 2006年04月07日 21:38
こんばんわ、guitarbirdです

タイトルを見てすぐに太宰治を思い出したのですが、
まさかと思いつつ、読み進めると・・・
ある種の衝撃を受けました。
Posted by guitarbird at 2006年04月07日 21:42
>>こんばんわ ADIAさん

年のせいだと感じてます。
死とか暴力を否定したい思いが、社会の価値観とズレを生じているようです。
 老兵は死なず 闘うのみ.....。の心境です。



>>こんばんわ fukurouさん

>>見ないといけないものを直視できない自分がいる。

同感です。
昨年、広島の原爆資料館に行った時の私がそうでした。自分の「命」に対する価値観が膨大な写真や記録によって否定されてしまう.....。
辛かったです。


>>こんばんわ guitarbirdさん

>ある種の衝撃を受けました。

「死」と直面することは衝撃です。
動物や、近親者の死を自分の「命」とどう関連づけられるかという想像力が大切です。
おとなは、子どもから「死」を遠ざけようとしますが、「死」をきちんと受け入れるところから「命」の大切さが生まれるのでしょうね。
Posted by B級釣師 at 2006年04月08日 02:03
>>追記

 昨夜、歓迎会でヘロヘロになって帰って来てからの書き込みでした。
 生意気な文体になっていることを反省しています。m( . , )m
Posted by B級釣師 at 2006年04月08日 16:12
追記に対して
そんなことはないと思います。
なかなか読み応えがありました。
私の年齢が近いせいもあると思いますが、共感できます。
内緒ですが年齢は私が少し上かな。
Posted by ADIA at 2006年04月08日 17:32
>>こんばんわ ADIAさん

 コメントありがとうございます。
なんだかしっくりこないことを北海道の言葉で「いずい」と言います。
 どんどん世の中がいずいようになってきているように感じています。
 川へ足が向くのは逃避かなと思いつつ,,,。
Posted by B級釣師 at 2006年04月08日 18:32
こんにちは。

ほのぼのとした昭和の30年代くらいの匂いがします。
すっかり引き込まれて読んでしまいました。(^^;

あの時代子供の領域、大人の領域があって
子供ながらにこれは大人にならないとだめなんだ。と思う事が結構あった気がします。
消防団の所を読んでいて昔は地域、近所の付き合いが濃かったんだなーと思います。

ネットあたりですと年齢どころか性別なにもわからないことがありますし。。。

これを読んで「3丁目の夕日」という漫画を思い出しました(^^;
Posted by おやぢ at 2006年04月09日 15:43
>>こんにちわ おやぢさん

>>あの時代子供の領域、大人の領域があって

 そうですね、大人と子どもの距離はもっと近かったのに、大人文化、子ども文化ははっきり線が引いてあったように思いますね。
 「三丁目の夕日」は何度か読んだことがあります(床屋とかラーメン屋などで)。私の子ども時代とだぶります。
Posted by B級釣師 at 2006年04月09日 16:13
 
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